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ウェルシュ菌
    梅雨から夏にかけての時期は気温、湿度ともに高くなり、細菌の活動が活発になります。それに伴い、食中毒のリスクが高くなっていますので、食品の取り扱いにはとくに気をつけなければなりません。食中毒対策の1つとして、加熱調理が重要であることはよく知られていますが、食中毒菌の中にはこの加熱処理に耐えて食品内で増殖し、食中毒を発生させるものも存在します。
 
芽胞形成菌とは
 これらの細菌は栄養素が不足したり環境が悪化したりすると、菌体内に芽胞※1を形成します。芽胞は熱や乾燥、薬剤にも耐性があり、厳しい環境下でも生き延びることが可能です。そして、生育に適した環境に戻ると発芽し栄養細胞となり増殖していきます。これらの細菌を芽胞形成菌といい、有名なものとしてはウェルシュ菌やバチルス菌、ボツリヌス菌などがあげられます。芽胞形成菌は食品の品質低下や腐敗に関与するものが多いという特徴があります。
 
ウェルシュ菌の分布と特徴
 ウェルシュ菌は菌体内に芽胞を形成する細菌で酸素がある環境では増殖できない偏性嫌気性菌※2で、土や水の中、健康な人や動物の腸内など自然界に幅広く生息しています。とくに牛や鶏、魚が保菌していることが多く、注意が必要です。
 1940年以降、ウェルシュ菌が食中毒を起こすことが知られるようになり、集団食中毒菌とも呼ばれるようになりました。先述の通り芽胞は熱に強く、食中毒の原因となるウェルシュ菌を完全に死滅させるためには100℃で6時間以上の強力な加熱が必要になります。本菌は健康的なヒトの糞便から102~105cfu/g※3検出されますが、生活習慣によって保菌数は異なり加齢に伴い増加することも知られています。腸内に常在するウェルシュ菌は非病原性ですが、外部から毒素産生型のウェルシュ菌を取り込んでしまった場合に食中毒を発症します。
 
ウェルシュ菌食中毒とエンテロトキシン
 ウェルシュ菌食中毒は夏に報告数が多くありますが、年間を通じて発生しており、原因食品としては弁当や仕出し料理といった複合調理食品に多く、とくに肉や魚介類、野菜類を含むカレーやスープといった煮物の大量調理施設で発生しています。ウェルシュ菌は芽胞を形成する際にエンテロトキシンという毒素を産生し、これが食中毒を引き起こします。しかし、ウェルシュ菌が産生するエンテロトキシンは易熱性のタンパク質で、熱や酸で容易に不活性化されるため経口毒にはなり得ません。本中毒は生体内毒素型食中毒といい、食品中で大量に増殖した大量の栄養型菌体および芽胞が経口的に摂取され、さらに腸管内で増殖し芽胞を形成する際に産生されるエンテロトキシンが腸膜上皮に作用して腸管内への水分の分泌を亢進させることにより、下痢をもたらします。
 
食中毒を起こすメカニズム
 食材にはウェルシュ菌以外にも多くの共存細菌が付着しています。加熱調理により共存細菌の多くが死滅しますが、熱抵抗性の高いエンテロトキシン産生ウェルシュ菌芽胞は残存します。また、この時の加熱により芽胞が発芽し、食品中に含まれる酸素が追い出され本菌が好む嫌気状態になります。さらに加熱後緩慢に冷却することで競合する細菌も減少している環境下で本菌は55℃くらいから急速に増殖し食品を汚染してしまいます。
 
ウェルシュ菌食中毒を防ぐには
 本菌は自然界の常在菌であることから食品への汚染を根絶することは難しいですが、発症には高い菌量が必要(一般的には108~109cfu/g)なので、確実な加熱殺菌と増殖阻止が感染防止するための最も有効な手段となります。ウェルシュ菌による食中毒を避けるためには、下記のような対策が重要です。
 
【1】清楚な調理を心がけ、調理後速やかに食べる。
   食品中での菌の増殖を防ぐために加熱調理食品の冷却は速やかに行い、保存温度は10℃以下か55℃以上を保つ。
【2】食品を再加熱する際は十分に加熱して増殖している菌(栄養細菌)を殺菌し、早目に喫食する。
 
 ただし、加熱しても芽胞が死滅していない可能性もあるため加熱を過信しないことが大切です。
 
 ※1.ウェルシュ菌などの特定の菌が作る細胞構造の一種
 ※2.酸素があると増殖できない細菌
 ※3.cfu:細菌を表す最小の単位で集落形成単位の略

 

こらぼ2020年夏号より抜粋